塾で授業をしていると、不思議に感じることがあります。
ある子供は、割合の問題が解けるのに、速さの問題になると急に手が止まります。
また別の子供は、割合も速さも濃度も比も、あまり区別せずに解いていきます。
その違いはどこにあるのでしょうか。
私は、学力の差の一つは「同じものを見つける力」にあるように感じています。
例えば、
- 割合
- 速さ
- 濃度
- 比
は学校では別々の単元として学びます。
そのため、学び始めたばかりの子供には、それぞれが全く別のものに見えます。
しかし学力が高くなるにつれて、
「二つの量の関係を考えている」
という共通点が見えてきます。
すると、割合の考え方が速さにも生きますし、比の考え方が濃度にも生きます。
歴史でも似たことがあります。
学習したばかりの頃は、
鎌倉幕府 室町幕府 江戸幕府
はそれぞれ別の知識です。
けれど学習が進むと、
「権力が移り変わる歴史」
という共通した見方ができるようになります。
つまり、学力の高い人は特別な問題を解いているわけではありません。
違うものの中に同じものを見つけているのです。
だから初めて見る問題に出会っても、
「これは前に見た考え方と似ている」
と感じることができます。
一方で、共通点がまだ見えない子供にとっては、毎回が新しい問題です。
同じ考え方が使える場面でも、別々の知識として覚え続けなければなりません。
学力とは知識量の差だけではありません。
たくさんの出来事や問題の中から、
「実は同じことを言っている」
を見つける力でもあるのだと思います。
次回予告
学力の高い人は、たくさんの知識を持っています。
しかし、その知識をそのまま覚えているわけではありません。
次回は「学力とは世界を圧縮する力である」というテーマで考えてみます。

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