これまでの記事で、知識を「点」、思考を「線」と考えてきました。
では、本当に学力が高い人は、たくさんの点と線を頭の中に持っているのでしょうか。
私は少し違うように思います。
学力が高い人は、点や線だけではなく、それらが集まった「面」を見ています。
例えば歴史です。
歴史が苦手な人には、
「年号や人物名をひたすら覚える教科」
に見えるかもしれません。
しかし得意な人は、
「なぜその出来事が起きたのか」
「前後の出来事とどうつながっているのか」
という流れで理解しています。
つまり、たくさんの知識が一つの構造として見えているのです。
そのため、周りから見ると膨大な量を暗記しているように見えます。
しかし本人は、一つ一つを別々に覚えている感覚ではないことも少なくありません。
私は、「昔の教育は暗記重視だった」という言葉に少し違和感があります。
本当に学べる人たちは昔から、知識を関連付けながら理解していたからです。
ただ、その頭の中の構造は外から見えません。
見えるのは、たくさんの知識を持っているという結果だけです。
だから、
「すごい量を暗記している」
と見えてしまうのかもしれません。
最近の入試では、知識を答えるだけでなく、理由や根拠を説明する問題が増えています。
これは知識を軽視しているのではなく、知識同士のつながりを見ようとしているとも考えられます。
知識という点。
知識を結ぶ線。
そして、その先にある面。
学びとは、その面を少しずつ広げていく営みなのかもしれません。
次回予告
新シリーズ「暗記教育は悪だったのか」
思考力重視の時代と言われる一方で、「昔は暗記教育だった」という言葉もよく耳にします。
本当にそうだったのでしょうか。
次回から考えてみたいと思います。

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