「昔の教育は暗記重視だった。」
教育に関する話の中で、よく聞く言葉です。
確かに、昔は年号や漢字、公式などをたくさん覚えることが重視されていたように見えます。そのため、「暗記ばかりだった」と語られることも少なくありません。
しかし、本当にそうだったのでしょうか。
例えば歴史を考えてみます。
もし歴史を学ぶ人が、年号や人物名を一つ一つ独立して覚えているだけだとしたら、膨大な量の情報を覚えなければなりません。
ところが、歴史が得意な人は、
「なぜその出来事が起きたのか」
「前の出来事とどうつながるのか」
という流れで理解しています。
つまり、本当に学べている人ほど、単なる丸暗記ではなく、知識を関連付けながら学んでいるのです。
理科でも同じです。
植物や動物の分類をただ覚えるだけではなく、共通点や違いを見つけながら整理していきます。
数学も、公式そのものより「どんな場面で使うのか」を理解している人ほど応用が利きます。
私は、「暗記」と「理解」は対立するものではないと思っています。
理解している人ほど覚えやすく、覚えている人ほど理解が深まるからです。
問題だったのは暗記そのものではありません。
意味もつながりも分からないまま、ひたすら覚えようとすることです。
それは確かに苦しい学習です。
しかし、それをもって「昔の学びは暗記ばかりだった」と言うのは少し違うように感じます。
本当に力を伸ばしてきた人たちは、昔から知識同士のつながりを見つけながら学んでいたのではないでしょうか。
次回予告
なぜ昔の学びは「暗記教育」と呼ばれるようになったのでしょうか。
次回は、「昔の優秀な人は何をしていたか」という視点から考えてみます。

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