26-2 聞けば分かる。でも読むと分からない。

「説明してもらったら分かった。」

そんな経験は、多くの子供たちが持っています。

一方で、

同じ内容なのに問題文を自分で読むとなかなか理解できない。

前回は、テストで力を発揮できない背景には「読む」のつまずきがあるという話をしました。

では、なぜ聞くと分かるのに、読むと分からないのでしょうか。

その理由の一つは、

人間がそもそも「聞く」ことに慣れているからです。

私たちは生まれた瞬間から言葉を聞いています。

家族の会話を聞く。

テレビの音声を聞く。

友達の話を聞く。

特別な練習をしなくても、毎日何時間も言葉を耳から受け取っています。

つまり、「聞く」という認知活動は人生で最も長く続けている学習なのです。

一方で、「読む」は違います。

本格的に文字を学び始めるのは小学校に入ってからです。

小学5年生でも、読む経験は5年程度。

聞く経験は10年以上あります。

単純に考えても、その差は大きいでしょう。

さらに聞く場合は、言葉が時間の流れに沿って順番に入ってきます。

相手が話した内容を、そのまま追いかければよいのです。

ところが読む場合はそうではありません。

文字を見て、

言葉に変換し、

意味を取り出し、

前後の関係を整理し、

必要な情報を選ぶ。

短い時間の中でたくさんの処理を行っています。

実は「読む」という行為には、多くの認知活動が含まれているのです。

前回お話しした、

  • 読めない文字がある
  • 言葉の意味が分からない
  • 関係性を理解できない
  • 読み続ける体力がない
  • 読む速度が遅い

という課題も、

すべて「読む」という活動の中で起こります。

だから、説明を聞けば分かるのに問題文では止まるという現象は、決して珍しいことではありません。

むしろ小学生であれば自然な姿とも言えます。

算数の文章題でつまずくと、

「読解力がありませんね」

と言われることがあります。

もちろん間違いではありません。

しかし、その言葉だけでは少し解像度が粗いようにも感じます。

なぜなら、読解力という一言の裏には、さまざまな認知の課題が隠れているからです。

大切なのは、

「分からない」

という結果を見ることではなく、

読む過程のどこで止まっているのかを見ること。

そこが見えて初めて、本当に必要な支援が見えてくるのだと思います。


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