「説明してもらったら分かった。」
そんな経験は、多くの子供たちが持っています。
一方で、
同じ内容なのに問題文を自分で読むとなかなか理解できない。
前回は、テストで力を発揮できない背景には「読む」のつまずきがあるという話をしました。
では、なぜ聞くと分かるのに、読むと分からないのでしょうか。
その理由の一つは、
人間がそもそも「聞く」ことに慣れているからです。
私たちは生まれた瞬間から言葉を聞いています。
家族の会話を聞く。
テレビの音声を聞く。
友達の話を聞く。
特別な練習をしなくても、毎日何時間も言葉を耳から受け取っています。
つまり、「聞く」という認知活動は人生で最も長く続けている学習なのです。
一方で、「読む」は違います。
本格的に文字を学び始めるのは小学校に入ってからです。
小学5年生でも、読む経験は5年程度。
聞く経験は10年以上あります。
単純に考えても、その差は大きいでしょう。
さらに聞く場合は、言葉が時間の流れに沿って順番に入ってきます。
相手が話した内容を、そのまま追いかければよいのです。
ところが読む場合はそうではありません。
文字を見て、
言葉に変換し、
意味を取り出し、
前後の関係を整理し、
必要な情報を選ぶ。
短い時間の中でたくさんの処理を行っています。
実は「読む」という行為には、多くの認知活動が含まれているのです。
前回お話しした、
- 読めない文字がある
- 言葉の意味が分からない
- 関係性を理解できない
- 読み続ける体力がない
- 読む速度が遅い
という課題も、
すべて「読む」という活動の中で起こります。
だから、説明を聞けば分かるのに問題文では止まるという現象は、決して珍しいことではありません。
むしろ小学生であれば自然な姿とも言えます。
算数の文章題でつまずくと、
「読解力がありませんね」
と言われることがあります。
もちろん間違いではありません。
しかし、その言葉だけでは少し解像度が粗いようにも感じます。
なぜなら、読解力という一言の裏には、さまざまな認知の課題が隠れているからです。
大切なのは、
「分からない」
という結果を見ることではなく、
読む過程のどこで止まっているのかを見ること。
そこが見えて初めて、本当に必要な支援が見えてくるのだと思います。

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