ここまで、
「ペーパー」という言葉について、
そして「お受験」という言葉について書いてきました。
すると、ときどきこう思われるかもしれません。
「受験文化を批判しているのですか?」
と。
しかし、私の考えは少し違います。
私は受験文化を否定したいわけではありません。
むしろ、受験には大きな価値があると思っています。
学校について深く考えるきっかけになりますし、子供の成長を見つめ直す機会にもなります。
だからこそ、私は受験文化について考えたいのです。
ここで大切にしたいのが、
批判と批判的思考は違う
ということです。
批判は、「良い」「悪い」を判断することです。
一方で批判的思考は、
「なぜそうなっているのだろう」
「本当にそうだろうか」
と問い直すことです。
私は「ペーパー」という言葉を使う人を否定したいわけではありません。
「お受験」という言葉を使う人を否定したいわけでもありません。
ただ、
なぜそうした言葉が使われるのか。
その言葉はどんな文化を表しているのか。
そして、もっとよい表現はないだろうか。
そんなことを考えたいのです。
私が小学校の教員だった頃、受験を考える家庭の中には、不安や焦りを抱えながら日々を過ごしている方もいました。
だから私は思うのです。
受験には価値があるのだから、
親子が必要以上に不安にならなくてもよい文化にできないだろうか、と。
分からない言葉が並ぶ文化ではなく、
初めて受験を考える家庭にも伝わる文化にできないだろうか、と。
競争だけが語られる文化ではなく、
子供の成長も同じように語られる文化にできないだろうか、と。
FUYUNOが目指しているのは、そんな受験文化です。
特別な人のための受験ではなく、
子供に合った学校を考えるための受験。
不安に追われる受験ではなく、
未来を前向きに考える受験。
私は受験文化の外から批判したいのではありません。
受験文化の中にいるからこそ、
よりよい形へ育てていきたいと思っています。
子供と保護者が安心して向き合える受験文化へ。
そのために、これからも言葉や考え方を問い直していきたいと思います。

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