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子どもにスマホ・タブレットを与えるのは「いつ」から?⑤まとめとあとがき

最終的なまとめ

 以上の内容を基にまとめると、「正しくスマホ・タブレットを使うためには、良い親子関係が一番大切であり、それができるならいつから与えてもOK」ということです。

 結局は、子供を信用しつつ、思いや願いを共有して、必要に応じて「そばにいる」。そのために、「子供との関係が良好であること」が最重要項目なのです。その上に、インターネットの知識や生活リズムが乗る。スマホ・タブレットの使い方が上手くいかないのは、そのツールがまずいのではなく、使わせ方を共有する保護者と子供の関係が今は上手くいっていない、ということと考えます。

 つまり、スマホの使い方というのは、親子関係のバロメーターなのだと思います。表出しやすいからこそ、「悪者」に見えやすい。
 また、口が悪いことやあいさつしないこと、お手伝いをしないことは我慢できても、「朝起きない」「勉強しない」「ご飯を食べたい」「体調不良で早退する」は我慢ができないですよね。これらの因果関係になりやすいのが「スマホ・タブレット」なのだと思います。だから私を含めた保護者はこれらが「悪者」であってほしいし、「それ(スマホ)のせいでできないだけ」と思いたいのです。
 過去の「悪者」には、「ゲーム・テレビ・ラジオ・音楽」などがあります。今は教養の一部となった「ビートルズ」だって、「聞けばバカになる」なんて言われた時期があるのです。今の親世代なら、「DVD・テレビ・ゲーム」が今のスマホと同じように悪く言われていた時代に育っていたでしょうから、子供がスマホを悪く言われるときの気持ちが理解できると思います。
 いつの時代も親は子供の生活をより良くしたいと思っていることの裏返しなのだと思います。その伝え方として、親子の良好な関係が基礎となっていることを願うばかりです。

関連して(今までと少し違うトーンで書いているので、不愉快な人は避けてください)

○ スマホ・タブレットをもつ時期を遅くすること

 スマホで遊ぶ時間というのは、親にとってはポジティブなものになりづらいですし、問題はできれば先送りしたい気持ちは理解できます。しかし、「課題が生まれる環境を避ければ、悩むことが減る」という考え方は、昭和の中学生を全員強制的に部活に参加させ、放課後の問題行動を抑え込むのと同じ。子供の主体性を削いで本質的な学びを生む体験から遠ざけるものです。
 時期を遅らせるのは、厳しい言い方をすれば一種の放任です。保護者はリスクから守ることを手放して、自己責任として使わせるようなものです。使い方が生活の必須スキルとなっている現在において、「ずっと持たせない」が不可能になっている以上、いつかは持たせるのであれば、できるだけ良い環境で持たせてあげられるとよいと思います。

○ スマホを作った人は子供にスマホを与えなかったとかいう話と、
脳が縮むとか、記憶力がどうとかいう話

 こういう話は、喜ぶ人がいるから出てくる節があります。前述の「スマホが悪者」にしたい人たちがいるから、出てくるお話の類だと思います。少しだけ反論しておきます。
 まず、スマホを作った人の子供って今何才なのでしょう。言い換えると、何年前の話をしているのでしょう。その時代はインターネットを使えることは生活の必須スキルではなかったことでしょう。さらに言えば、今ほど教育的なコンテンツもなかったはずです。当時、大人向けの(子供には質の悪い)情報や危険の多かった時代と、今の時代を無批判に比較するのは、「昔はよかったおじさん」が得意げに部下に自己満足を垂れ流すのに似ています。今の価値観で、目の前の子供にとって、「何」が必要で「どうしたらいいのか」を考えるのは、今一緒に生きているの大人の責任です。
 次に、脳の発達関連のお話。以前もありました「ゲーム脳」。「スマホを使ったら」とは、「何」を「どれくらい」使ったらということなのでしょうか。研究目的で使っても、ゲーム目的で使っても同じでしょうか。ゲームの種類は問わないのでしょうか。学習ゲームならどうでしょう。
 結局、「使わせない」という判断をするのは、各保護者の自己責任でする自由だと思います。ただ、その理由が「○○だと言っていたから」では、子供としては悲しい。少なくとも、「○○が△△だと言っていて、私(保護者)はこう考えているから」ぐらいの覚悟をもってほしいものです。そしてその思いは、ちゃんと言葉にして子供に伝えることが大事だと思うのです。

 私も、スマホ・タブレットの使い方については、子供の成長に合わせて様々考えてきました。機会があって、国レベルの教育専門機関の方針を2日かけて講義(NITS)で聞く機会もありました。その中で変化してきた考え方もあります。
 今考えると、事あるごとに子供に「今日はこういうことを学んだのだけど、自分(父)としてはこう考えている。あなた(娘)はどう思う?」と聞いてきたように思います。考えが相違する時もあるし、明らかに(娘が)間違っているように思うこともありました。しかし、話し合ったこと自体にすごく価値があったと振り返りますし、言葉では間違ったことを言っていた娘も、それを機に何らかの思いは受け止めてくれていたのだと思います。

 あとがき的な内容のはずだったのに、結局、親子関係の話に行ってしまう。つまりはそういうことなのだろうと思います。スマホの利用が、あなたのご家庭の親子関係が良くなる方向に進むきっかけとなることを望んでおります。


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