2025年5月18日に札幌市で開催された「花まる学習会」のイベントに参加し、学んだことや共感したことを整理しました。
A. 学んだこと
- 4年生までは「おうちの人」、11歳からは「師」に育てられる
子どもは小学校中学年までは家庭の影響が大きく、それ以降は社会性を身につけながら、専門性のある大人との関わりが重要になるという話が印象的でした。私自身、「親から学ぶことの限界」を感じていたので、11歳以降の学びの質を高めるためには、信頼できる「師」との出会いが大切だと改めて実感しました。 - 「自信」がネガティブな状態を変える力になる
自信を持つことが、子ども自身の行動や思考を前向きに変える鍵になるという考えに深く納得しました。
B. 共感したこと
- 基礎は自然と身につく。先取りにはあまり意味がない
先取り学習ができると、安心するのは大人の側。学習の「量」は見えやすいですが、「質」は見えにくいものです。たとえば、たし算の計算ができても、「単位が揃っていないとたし算できない」といった概念的理解には専門的な視点が必要です。
そのため、つい量的に成果が見える「先取り」に走りがちですが、本質的な理解を置き去りにしてしまう危険もあります。もちろん、概念的な理解が伴っていれば先取りも有効ですが、「先取りだけを目的にすること」は本質から外れてしまうという指摘に強く共感しました。 - 「キライ・苦手」は禁句
この言葉は、子どもにとって「甘え」や「思い込み」を強化してしまう可能性があるとのこと。言葉の選び方ひとつで、子どもの意識や行動が変わることを改めて感じました。 - 子供が「大好き」と言って自ら動くサポートを
子供が自発的に学びに向かうためには、「好き」という気持ちを育てることが大切。そのための環境づくりや声かけの工夫が求められます。 - 間違いを「言語化」することの大切さ
間違えた理由や考え方を言葉にすることで、理解が深まり、次につながる学びになります。 - 「褒め続ける」だけでは響かない
ただ褒めるだけでは子どもの心には届かない。タイミングや内容、伝え方が重要であるという点にも共感しました。
C. 考えさせられたこと
- 入試はもともと「役人」を育てるための仕組み
現代の教育制度の背景にある歴史的な文脈を知ることで、今の学びのあり方を見直すきっかけになりました。古い入試においてはその要素もあるでしょうが、最近の入試は「思考力・表現力」を重視した形式も増えているので、自分自身が「入試」の価値についてアップデートしていく必要があると感じました。 - 学習は「決まった時間」に行うことが大切
学習習慣をつけることは、学習量の確保だけでなく、「やらなければ」という心理的負担を軽減する効果もあります。
一方で、習慣化のプロセスには「共感的な関わり」が不可欠です。大人の安心のために無理に習慣化を押しつけると、かえって勉強嫌いを生む可能性があります。
イベントでは「ならんものはならん」という言葉も紹介されていましたが、これだけを切り取ると「共感なしの強制」と誤解されるかもしれません。
あくまで主役は子供。子供が「やろう」と思えるような文脈やストーリーをつくるのが、大人の役割だと感じました。
最後に
今回のイベントでは、他にも多くの気づきや共感がありました。当塾でも、こうした考え方を実現するための取り組みを日々行っています。
代表の高濱先生は、当塾で使用している「シンク・シンク」の開発に関わっていたり、本棚にある「謎ぺー」の監修をされていたりと、知らず知らずのうちにその指導理念に触れていたことに驚きました。
北海道にはまだ「花まる学習会」はないようですが、もしかすると当塾は「ジェネリック花まる学習会」なのかもしれません。
※なお、私は直接的に関係者の方とお話ししたわけではありません。今後さらに詳しく知ることで、また新たな学びや気づきがあると思います。もしこの記事を読んで、不快に感じられた方がいらっしゃいましたら、心よりお詫び申し上げます。
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