ここまで、
個性は入学時点で完成しているものではなく、
学校生活の中で育まれていくものであること、
また、個性が花開くためには協同的な関係が欠かせないことを見てきました。
最後に考えたいのは、
なぜ小学校受験において
「話を聞ける子」「聞き分けのよい子」が
特に重視されやすいのか、という点です。
その理由の一つは、
学校という場所が、小さな社会であるという現実にあります。
小学校では、多くの子どもたちが同じ空間で生活します。
授業、移動、休み時間、行事。
どの場面でも、先生の指示を聞き、
ある程度適切に行動することが求められます。
それは学習のためだけではなく、
子どもたちの安全を守るためでもあります。
たとえば遠足の場面を想像してみてください。
「ここから先には入らないでください」
「危ないので近づかないでください」
そうした説明をしている最中に、
好きな虫を追いかけて話を聞いていなかった子がいたとします。
もしその結果、
危険な場所に入り、大きな怪我をしてしまったら──
そのとき親は、
「どうして先生は、うちの子を見てくれなかったのか」
と感じるかもしれません。
しかし学校は、
一人の子どもだけを見る場所ではなく、
集団全体の安全を預かる場所です。
話を聞くことが難しい状態の子どもがいると、
先生の指示が届かず、安全管理そのものが難しくなります。
「好きなことに夢中になれる集中力」は、
確かに大切な資質です。
ただし、集団生活の中では、
それだけでは身の安全を守れない場面もあります。
だからこそ、初等教育ではまず、
話を聞けること、指示を理解し行動できること、
つまり安全が確保できる土台が重視されます。
この土台があってはじめて、
子どもは安心して好きなことに打ち込むことができ、
その中で個性が育っていきます。
言い換えれば、
個性は「入学の条件」ではなく、
安全と協同が守られた環境の中で生まれる結果なのです。
だから小学校受験では、
「個性的だから合格する」のではなく、
「学校の価値観に合い、集団で学べるからこそ、
その後、個性的に育っていけるか」が見られています。
願書や面接で「個性的な我が子」を強調しすぎることは、
時に、その視点とずれてしまうこともあります。
それよりも、
協同的な価値観を大切にしていること、
人と一緒に学ぶ姿勢を家庭でどう育んでいるか。
そこにこそ、
本当の意味で「個性を育てる子育て」の姿が表れているのかもしれません。

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